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2003年日文 中國史書訊

本欄啟始日期:2003年7月5日

最近更新日期:2003年10月22日

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日本 中國史研究訊息  2004年

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書訊

古瀬奈津子著,遣唐使の見た中国
  古代日本が派遣した外交使節=遣唐使。彼らには唐の皇帝へ朝貢品を献上し、外交関係を維持する重要な使命があった。揚州で雨乞い儀礼を見聞し、都長安の朝賀の儀式に参列するなど、遣唐使一行にとって儀礼・儀式とは何であったのか。知られざる古代中国の社会に迫り、文化使節的イメージの強かったこれまでの遣唐使を見直した、新たな日中外交史。
  古代日本派遣的外交使節即為遣唐使。他們向唐的皇帝獻上朝貢品,負有維持外交關係的重要使命。他們在揚州觀察到乞雨禮儀,還出席首都長安的朝賀儀式等等;對遣唐使節團來說,所謂的禮儀和儀式是什麼呢?(本書)接近人所不知的古代中國社會、回顧帶有強烈文化使節之意像(image)的遣唐使,是目前新的日中外交史。
  従来、文化使節的なイメージの強い遣唐使であるが、法典や制度・文物などの輸入は副次的なもので、外交儀礼と唐との関係を確認する諸儀式が彼らの重要な活動であった。本書は、遣唐使が実際に参加した儀礼や儀式をみながら唐の社会と文化を描く。
   
石田勇治等,中国河北省における三光作戦-虐殺の村・北〓村
  歴史の空白を埋める貴重な一歩 中国各地で大規模に展開された日本軍の軍事行動は、焼きつくし、奪いつくし、殺しつくす「三光作戦」呼ばれて憎まれ、恐れられた。その実態を現地調査と資料であとづけ、併せて、日中戦争全体における位置づけ、ナチのジェノサイドとの比較、国際法からみた戦争犯罪の認定などの視点から、多角的に究明した研究書。
  日本軍在中國各地展開大規模的軍事行動,被稱為燒光、搶光、殺光的「三光作戰」,令人憎恨與恐懼。(本書)以實地調查和文獻資料,探索其真相;更進一步,從它在日中戰爭整體中的位置,和納綷之猶太人的這一面來比較、從國際法來看戰爭犯罪之認定等視野,是一部從許多角度來檢視的研究作品。
  中国各地で大規模に展開された日本軍の軍事行動は「三光作戦」と呼ばれて憎まれ、恐れられた。作戦の標的となった村での作戦行動と、それによる被害を現地調査と資料であとづけ、さまざま視点から「三光作戦」を多角的に究明。
  日本軍在中國各地大規模展開的軍事行動,被稱為「三光作戰」,並遭人憎恨與恐懼。(本書)研究以村莊為作戰目標之作戰行動,並以實地調查和文獻資料,探究因此而受害的過程,從各種觀點,多重角度地探索「三光作戰」。
山内弘一,朝鮮からみた華夷思想
  大国中国と陸続きの朝鮮半島では,儒教にもとづく中華・華夷思想を国内外の政策にたくみにとり入れてきた。その儒教的世界観の歴史をたどる。
  和大國中國陸地相連的朝鮮半島,在國內外的政策中,向來巧妙地採用基於儒教的中華、華夷思想。(本書)追溯其儒教世界觀的歷史。
  朝鮮は中国を中心とする華夷の秩序からみれば、東方の夷秋つまり東夷になる。しかし、中華と夷狄の区別は居住地域や民族種族には必ずしもかかわりなく、中華の文明に浴しているかどうかによって決まるという、いわば文明の存否を重視する華夷思想が、朝鮮の知識人の心を強くとらえた。 彼らにとつて朝鮮も中華になり得るかという問題は、是非とも解決されなければならないことであった。自国を理想の中華に近づけるために不断の努力を積み重ねた朝鮮知識人の軌跡を追ってみたいと思う。
  如果從以中國為中心的華夷秩序來看,朝鮮是東方的夷狄,也就是東夷。但是,中華和夷狄的區別,並非全部都與居住地域以及民族種族有關係,而是由是否浸染中華文明來決定。可以說,重視文明之存否的華夷思想,強烈地吸引朝鮮知識分子的心靈。從他們的立場來看,朝鮮能否也成為中華這個問題,是無論如何也要解決的一件事。(我)想要嘗試追索這些為了將自己的國家接近理想的中華,而不斷累樍努力的朝鮮知識分子。
 菊池秀明,太平天国にみる異文化受容
   夢体験からキリスト教を受容した洪秀全の教えが客家移民に受容されながら発展し、太平天国の運動として歴史に刻まれる過程を明らかにする。 差別のなかで病に倒れ、「自分はエホバから使命を受けた」と確信した洪秀全、そして「彼こそは天下万国の真の主」だとお告げをくだしたシヤーマンたち。 下層民衆を中心に、ヨーロッパ世界の精神的背景と向かいあった太平天国の異文化受容は、日本の近代とはまったく異なるアジアの近代」を開示している。それは現在なお宗教、民族の違いによる対立と抗争に苦しむ私たちに、異文化を理解することの重要性と難しさを教えてくれるに違いない。
  (本書)探明,洪秀全從夢的體驗所吸收的基督教教理,為客家移民所接受與發展,以及刻劃在作為太平天國之運動的歷史過程。
(本書是關於)因受差別待遇而病倒後,確信「自己接受耶和華的使命」的洪秀全,以及接著下達宣告「他可是天下萬國的真主」的薩滿們。(本書)以下層民眾為中心,揭示出與歐洲世界的精神背景正面接觸的太平天國,吸收異文化的方式,是和「日本近代」全然相異的「亞洲近代」。這件事讓到現在前還苦於因宗教、民族的不同而對立與抗爭的我們,肯定要教導:瞭解異文化這件事的重要性與困難度。
松丸道雄等,中国史1 先史∼後漢(世界歴史大系 全19巻)
   中国文明の形成から秦漢統一帝国までを扱う。政治・文化・社会のみならず文献史料や時代区分論争など歴史学,考古学の最新成果を盛り込んで描く。世界歴史大系中国史全5巻完結
  處理從中國文明的形成到秦漢統一帝國這段時間。不僅政治、文化和社會的內容,還放入文獻史料、時代劃分之爭論等歷史學和考古學的最新成果,一一加以敘述。
紙屋敦之, 琉球と日本・中国
  琉球は,日本・中国を含む東アジア世界の中で,貿易立国としていかに立ち上がったのか,薩摩侵入から琉球処分まで,大君外交と琉球・進貢貿易・琉球使節・トカラとの通交などを通してその実態を探る。
沖縄県はその昔、琉球と称し、日本とは別の独立した国家でした。江戸時代、薩摩の侵入を被り、日本の支配下に置いれましたが、中国との通交い認められ、琉球処分に至るまで王国として存続しました。当時、日本は中国と国交がありませんでした。そのため、日本と中国の狭間にあった琉球が、両国に使者を派遣し、あいだをつないでいました。琉球が王国として存在しえたのはなぜか、その理由を明らかにします。
中村 裕一著,隋唐王言の研究
 

中国古代の統治構造の根幹である公文書の内王言についての論集。隋唐王朝の王言を統一的に理解し、隋唐王朝の王言が基本的には同一であることを論証する。91年刊「唐代制勅研究」の改訂版。

隋唐の公文書は、隋唐王朝の統治構造を解明する上で重要な指針を提供する。(略)編纂文献による隋唐史研究が限界に近い段階に達した現在においては、敦煌や吐魯番から発見・出土する隋唐文書を取り入れ、古文書学的手法を採用することも必要なことである。(略)隋唐古文書研究は、明確でない唐公式令の復元と官人制の解明に寄与するものである。

 

(本書是)關於作為中國古代統治結構基礎之官方文書中的「王言」之論文集。(本書)統一地理解隋唐王朝的「王言」、論證隋唐王朝的「王言」基本上是相同的。(本書) 為91年出版的《唐代制敕研究究》的修訂版。

隋唐的官方文書,就澄清隋唐王朝的統治結構而言,提供了重要的指南。(略)現在已經是基於編纂之文獻的隋唐史研究走到了接近界限的階段;採用從敦煌和吐魯番發現和出土的隋唐文書、採用古文書學的技巧也是必須的。(略)隋唐古代文書的研究,有助於復原唐「公式令」和闡明官僚制。

モンゴルに拉致された中国皇帝―明 英宗の数奇なる運命,川越 泰博, 研文出版 (2003-09-20出版)
  本書で取り上げた英宗は、王朝の創始者でもないし、中興の祖でもない。 ましてや、人に感動を与えるような人物でも、人を酩酊させるような人物でもない。 中国皇帝史において、数多いた凡庸な皇帝の一人にすぎない。 それにもかかわらず、本書で取り上げたのは、その凡庸さ故である。 歴史に名が残るような名君も、ただ凡庸な君主も、結局のところは、政治的事象のなかに存在し、政治的事象の変転のなかでしかとらえられない。 英宗は、その三十七年という生涯において、ふかぶかとした吹雪のなかに裸身のままで、運命もろとも投げ出されたような経験をいくつかした。それ自体が、宮殿奥深く住まう皇帝としては、稀有なことであった。 だが、英宗の諸体験のみを描くのであれば、ほんの数頁で事足りる。 しかし、それを、当該時代の政治的変転のなかでとらえようとすれば、その時代を出来る限り復元する作業が伴うのである。 その故に、本書においては、名君伝や英傑史話とは全く異なる視点で、政治的変転のなかでの英宗の諸体験を追跡することにした。 いわば、歴史ドキュメントを試みたものである。
  本書中所提及的英宗,既不是王朝的創始者,也不是王朝的中興之祖;尤有甚者,也不像是能給人感動,或像使人陶醉的人物。在中國的皇帝史上,他只不過是為數眾多的平庸皇帝之一。儘管如此,本書選取他正是由於他平庸。像留名於歷史上的名君也好,像純粹平庸的君主也好,他們最後的位置,都只存在於政治的現象當中,也只能由政治現象的變動來加以掌握。英宗在他三十七年的一生中,以在深厚的風雪中裸身之姿,擁有一些像是和命運共同被拋擲出去的經驗。作為深居在宮殿中的皇帝,這件事本身是很罕見的。然而,如果只要去描述英宗的各種體驗,那僅僅幾頁就足夠了。然而,如果要以其所處時代的政治變遷來掌握他的經驗,那會伴隨著儘可能重建其時代的處理方式。因此,在本書中,是以全然異於名君傳記與英雄故事的觀點,追索在政治的變遷中英宗的各種體驗。可以說,就是嘗試記錄歷史。
東アジアと日本の考古学〈5〉集落と都市, 後藤 直・茂木 雅博【編】, 同成社 (2003-09-10出版)
  漢字文化圏に共通するさまざまなテーマをめぐって日・中・韓の研究者が共同で執筆。最新の研究成果を披瀝するなかで比較研究への新たな視座を提示する。
  日、中、韓的研究者一同撰述共通於漢字文化圈之各式各樣的課題;在揭示最新的研究成果中,提示出對於比較研究的新觀點。
木簡・竹簡の語る中国古代――書記の文化史,冨谷 至,岩波書店
  古代漢帝国の辺境地帯,官僚や兵士たちが書き残したおびただしい木簡群….古代の人々は文字をどのように使いこなしたのか.文書行政は帝国支配にいかに組み込まれたのか.甲骨文,金文,石刻,竹簡・木簡から紙の時代へ,「紙本成立前夜」の書記文化の多様な展開を,具体的な資料読解とエピソードをまじえながら豊かに提示する.
万里の長城 攻防三千年史,来村 多加史,講談社
  出版社/著者からの内容紹介 建設が始まったのはいつ?国防費は? 敵の来襲にどう備えた? 悠久の謎がいま解ける! 果たしてあの長大な建造物は役に立ったのか。 城をめぐる攻防にはどんな戦闘があり、国防の経費はどの程度だったのか? 3000年にわたり、さまざまな政権とともに歴史を刻んできた万里の長城の素顔に迫る。
王権の確立と授受―唐・古代チベット帝国(吐蕃)・南詔国を中心として,大原 良通,汲古書院
 
明代史研究会創立三十五年記念論集,明代史研究会,汲古書院